ラジオ第一回目(Sep.2007)

 
 バール・ボッサへようこそ。店主の林伸次です。バール・ボッサは東京渋谷のボサノヴァが聴ける小さなバーですが、今日は二時間、そこであなたもボサノヴァを聴きながらおいしいお酒でも飲んでいるような気持ちでお付き合い下さい。
1.evinha/que bandeira
2.maria creuza/de conversa em conversa
3.sueli costa/sabe de mim
4.nana caymmi/medo de amar
5.doris monteiro e lucio alves/mudando de conversa
6.dick farney e claudette soares/voce
7.paulinho nogueira/menino das laranjas
8.milton banana trio/primitivo

 ボサノヴァが生まれたブラジルは南半球にあります。ということは日本と季節が逆になるので2月が夏真っ盛りです。そんな夏真っ盛りの2月に世界でも有名なブラジルのカーニヴァルが行われます。カーニヴァルの時期が近づくと少しづつブラジルの街がざわつき始め、カーニヴァルの4日間は完全に街の機能も停止してブラジル全国土がカーニヴァル一色に染まってしまいます。
 そんな2月のカーニヴァルの季節が終わり、3月に入るとブラジルには雨の季節がやって来ます。まるであの夏のカーニヴァルの熱さを冷まそうとするかのように、朝から夜まで細かい雨が降り続けます。コパカバーナやイパネマのビーチで小さい水着をつけて肌を焼いていたモレーナ達もいつの間にか見かけなくなり、そんな誰もいない砂浜や波に、ブラジルの3月の雨は降り続けます。街角で泥だらけになってサッカーをしていた男の子たちも学校が始まったのでしょう。サッカー・ゴールのそばで遊び相手がいなくなった犬がひとりぼっちでブラジルの三月の雨に濡れています。そう、この3月の雨が降り始めると、ブラジル全国民が「あああ、夏も終わっちゃったんだんなあ、またいつもの退屈な世界に戻らなきゃなあ」という気持ちになってしまう、という訳なんです。
 そんな夏の終わりの雨の風景を、アントニオ・カルロス・ジョビンが「3月の水」という曲にしています。ジョビンはまるで短編映画を撮るかのように、ブラジルの3月の降り続ける雨をボサノヴァというカメラに収めていきます。
 この曲はブラジル人にとっての「夏の終わり」の気持ちをつかんだようで、当時のブラジルでも大ヒットし、色んなアーティストが演奏しています。ジョアン・ジルベルトが歌う「三月の水」はあのブラジルの延々と振り続ける憂鬱な雨の感じがよく出ていますし、エリス・レジーナとジョビンが歌う「三月の水」も二人がまるで雨の中で踊りながら歌っているかのような可愛らしいヴァージョンです。
 さてジョビンはこのブラジルの3月の雨たちをボサノヴァというカメラに撮りおえた後、こんな詩で歌を締めくくります。
 「こんな風にして、三月の水が夏を閉じようとしている。それは君の心の中の人生の約束事」
9.joao gilberto/aguas de marco
10.elis regina & antonio carlos jobim/aguas de marco
11.candinho/companheira
12.walter santos/azul contente
13.os gatos/e nada mais
14.jaques morelenbaum & paulo jobim/caribe
15.mario adnet & paulo gimaraes/sue ann
16.antonio carlos jobim/aguas de marco

 夜も深まった午前2時頃、バール・ボッサに猫が一人で来店した。まあご存知のように、正直、猫は酒癖が良いとはいえない。そんなに酒に強くもないのに見栄を張って強い酒を流し込むように飲むし、周りに品の良いカップルを見つけると、すぐにからもうとする。ある程度まで酔ってしまうとやけに愚痴っぽくなってしまうし、何度も何度も同じ話しを繰り返すようになる。正直、お店としては迷惑なお客なのだが、なんとなく冷たくするのも可哀相なので、いつも猫の愚痴に最後は付き合ってしまうことになる。「さっき友達と一杯引っ掛けたんだけど、なんかちょっと飲み足らなくて」と言いながら猫がカウンターに座る。猫は大体キリっと冷えたロワールのソーヴィニヨン・ブランなんかを好む。「この爽やかなハーブの香りが好きなのよね」とグラスに鼻をうずめる。「ところでさあ、マスター、『おいしい水』って曲あるじゃない。あれちょっと聴かせてよ」。猫はいつもこちらの都合なんて全く無視して「あの曲をかけろ、この曲をかけろ」とうるさい。でも今日はお客さんもテーブルに男性二人組みが残るのみだったので、私は猫のリクエストを受けることにした。「『おいしい水』はアストラッドとジョビンのヴァージョンが有名ですけど、このナラ・レオンのヴァージョンも良いですよ」と私。「ふーん、悪くないわね。でもさあマスター、この『おいしい水』ってどういう歌なの?ミネラル・ウオーターのCMソングか何かなの?」と猫。「そんなわけないです。『おいしい水』は素直に人を愛することが出来ない女の子の悩みみたいな歌なんです。私が訳したのがここにあるので、ちょっと読んでみますね。『愛したかったけど怖かった。そう、心を守ろうとしていたんだと思う。でも、そんな愛が私にある秘密を教えてくれる。怖がってばかりだと心が死んでしまうって。おいしい水を飲むように愛を感じていたい。初めて正しいことをやったような気がする。今はもう全てが許されている。私の家はもう開けっぱなし。そう、心の扉も全て開け放したの。愛は水を飲むようにとても自然なこと。って感じです。どうですか?」「ふーん、マスターって歌詞を訳して読んじゃったりするんだ。なんだかキザね。でも私もちょっとドアでも開けておいしい水でも飲んでみようかな…」
17.nara leao/agua de beber
18.mpb4 & quarteto em cy/amor amor
19.gilda horta/litral
20.eumir deodato/dia de verao
21.ana lucia/tem do
22.maricene costa/bossa na praia
23.sambalanco trio/samblues
24.zimbo & sebastiao tapajos/danca
25.rosinha de valenca/vila de santa tereza

午前4時半過ぎ頃のこと。看板を片付けて、ゴミ出しをしてと閉店作業をしていると、サンタ・クロースがバール・ボッサの前でニコニコしながらトナカイの橇から降りようとしていた。ご存知のように、サンタは夏の間はヒマなので、何かとうちに飲みに来ることが多い。「ごめんなさい。サンタさん、うちは4時閉店なんでもう終わりなんですよー」と私が言うと、「ええ!、5時までじゃなかったかのう?、じゃあ仕方ない、今から他のバーで林くんも一杯付き合いなさい」と言う。「渋谷でこの時間、もうバーはどこもやってないですよ」と私が答えると、サンタが「林くんは月のバーには行ったことあるかね?」と言う。私が怪訝そうに「何ですか、それ?」と答えると、「10年もバーをやってて月のバーを知らないとは情けないのお、よし今からワシが連れてってやる」と言いサンタはトナカイの橇に乗り込んだ。2匹のトナカイが「おまえ乗らないのかよ?」という目つきでにらむのであわてて私も橇に飛び込む。サンタが手綱を引くと同時に橇がふわりと空中に浮き上がり、トナカイ達が走り始めると、ものすごい勢いで渋谷が東京が日本が私たちの下で小さくなっていく。気付くと私達はもう宇宙空間の中で漂い、目の前には銀色の大きな月が見え始めていた。「あのー、月のバーってどこにあるんですか?」「月に静かの海という海があるのは知っておるか。あのウサギの頭の辺りなんじゃが…、その海の浜辺にあるんじゃ。まあこじんまりしたバーじゃけどな」「名前はなんて言うんですか」「月の浜辺にあるからバー・ムーン・ビーチ。バーの名前は単純であればあるほど良いんじゃ」そんなことを話しているうちに私達の橇はサンタが言っていた静かの海に近づき、バー・ムーン・ビーチの前で止まった。扉を開けると、趣味の良い青色のチェックのベストを着たバーテンが微笑み、「いらっしゃいませ」と言い、カウンターの席を勧めてくれる。他のお客はいない。私はダイキリをオン・ザ・ロックで、サンタはシャンパンをグラスで注文した。やっぱりサンタはシャンパンがよく似合う。窓の外には青くて美しい地球が見える。バーテンが気を使ってなのか、さっきからずっと季節はずれのクリスマス・ソングがBGMで流れている。「暑い時期に聴くクリスマス・ソングってなかなか良いものですね」と私はサンタに言う。サンタは「あたりまえじゃろ」と答える。そしてサンタ・クロースと私は青い地球を眺めながら平和について語り合った。

26.os cariocas/bossa festas
27.suzana & bob tostes/winter wonderland~when you wish upon a star
28.johnny alf/feliz natal
29.milton guedes/christmas song
30.carlos lyra/presente de natal
31.tania fereira/noite de natal
32.roberto menescal/someday my prince will come
33.quarteto em cy/gente humilde~duas contas

 

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