オリジナル盤の謎(Jul.2003)

 
 今回は、かなりマニア向けの話ですので、楽しく音楽を聴くのだけが好きだという正しい人は時間の無駄ですので読まないで下さい。

 先日、某有名専門レコード店で、ジョアン・ドナートの“サンボウ・サンボウ”が\6000くらいで売られていました。“安いかも、これお店ではCDでかけてるから買っとこう”と思いカウンターに持っていきました。で、検盤の時に“あ、これ日本盤なんですね”と私が気付いたんです(恥ずかしながらこのアルバム、まさか日本盤が出ているなんて知らなかったんです)。するとお店の方が“そうですね、オリジナル盤だと2万円以上はしますからね”というやりとりがありました。普通のレコード店の会話ですよね。はい、問題はここからです。ご存知のように、あのジョアン・ドナートのアルバムは、同内容のブラジル・ポリドール盤“ムイト・ア・ヴォンタージ”という盤が存在します。聞く所によると、そちらのブラジル盤の方がオリジナルで、米パシフィック盤は後からジャケとタイトルを変えてアメリカ向けに発売したものらしいんですね。そうすると、先程のレコード店の方の“オリジナル盤”という言葉は変ですよね。でも、もちろん彼は、パシフィック・ジャズ日本盤ではなく米パシフィック・ジャズのオリジナル盤だともっと高い、という意味で使っています。そしてもちろん、米パシフィック・ジャズ“サンボウ・サンボウ”のファースト・プレス盤を、“ムイト・ア・ヴォンタージ”のジャケ違いの再発盤という人はいないはずでしょう。この辺の、何を持ってオリジナル盤と呼ぶかは、個人の価値基準や状況で色々と変化するので、なかなか難しいところです。(話しはややこしくなるのですが現在パシフィック・ジャズのカタログにこのアルバムはなく、このアルバムのCDの唯一のオリジナル盤はドゥバス盤のみということになるそうです。だからあの東芝盤はちょっと...という噂です。でも聞いた話なのであまり自信ないです)

 オリジナル盤はファースト・プレス盤と同義語なのでしょうか。それも、ちょっと個人により価値基準がゆれています。例えば、タンバ・トリオを例に取ります。タンバの初期はフィリップスで、フィリップスの60年代初頭は、もちろん厚紙ジャケなんですよね。世界一ブラジルのレコードを触っている人(本人が嫌がるので名前は隠します)の話ですと、タンバは最低でも4枚目までファースト・プレスは厚紙ジャケで発売されているそうなんですね。でも、そんな厚紙ジャケのタンバって、正直見たことないですよね(あるよ、という方すいません)。で、もちろん、日本中の中古レコード店で、タンバはあのペラペラ紙ジャケが“オリジナル盤”として流通しているし、それに対して文句を言っている人ってどこにもいないです。あれは、ようするに、盤は同じだから、初期重量モノラル盤だからオリジナル盤だということなんでしょう(フィリップスはあまり盤やレーベルを頻繁に変更する会社ではないようです)。 だったら、ドミンゴのモノラル盤も、どれにしても“オリジナル盤”のはずなのに、なぜかみなさん、ファースト・プレス・ジャケのペラペラ紙盤をお探しなんですよね(ドミンゴ・モノラル盤はペラペラ紙ジャケ→ビニール・コーティング・ジャケ→普通の紙ジャケと進むそうです)。お客様の好みと言うのは難しいものです。 

 いつも気になっていることなのですが、ファースト・プレスではない物は、すべて再発盤とかリイシュー盤とか呼んでしまうのでしょうか。それも、ちょっと違うような気がします。再発盤というものは、そのレーベルのカタログからしばらく消えていて、時代がまためぐってきて装いも新たに発売されたものが“再発盤、あるいはリイシュー盤”と呼ばれるべきだと思うのですね。わかりやすい例で、ジョアン・ジルベルトの“シェガ・ジ・サウダージ”があります。あれは、もちろん、ブラジル国内でも永遠のベスト・セラーなので、いつまでもオデオンのカタログに存在したアルバムです。ですので、オデオンが59年以降生産していた全ての盤のヴァリエーションが存在すると言っても過言ではないと思います。そうすると、どの盤をオリジナル盤と呼んで、どの盤から再発盤と呼ぶかは、難しいですよね。ここで、ちょっとややこしい話になります。インディーズのCD製作にかかわった人なら、おわかりかと思うのですが、ジャケットは印刷会社に発注します。で、印刷物というものはロットが大きい方が経済的なため、始めから多めに作ってしまいます。そんなに大量のCDがプレスされなくても、まあ残ったらその紙ジャケは捨てちゃっても大した事ない金額なんですよね。で、CD本体の方はロット数で金額が左右されると言うほどには関係ないので様子を見て、500枚づつくらいプレスを重ねていくわけなんですね。だから、決してジャケとCD本体のプレスが同時期という訳ではないんです。そして、おそらくブラジルのレコード会社も同じ発想で、レコードをプレスしているはずなんです。だから“シェガ・ジ・サウダージ”もこのジャケなら必ずこの盤という具合に完全に対応しているわけではないんですね。という訳で、ジャケがこの状態だから、この盤はこの時期のはずでなんて推測も無意味になってきます。

 じゃあファースト・プレスだけを俺は欲しいぞ、ファースト・プレスだけが存在価値があるんだと言う人もいると思います。で、今回、日本訳版も出た“ボサノヴァの歴史Uパジャマを〜”でみなさんも驚いたとは思いますが、ブラジルのレコード会社は、マスター・テープは保存しているけど、オリジナル盤(ジャケも含め)を保存はしていないらしいんですね。他の国のレコード会社だと普通は一枚は残してあるので、例えば再発CDを製作する時は、そのジャケからスキャニングして作るそうなんです。でも、ブラジルは、そんなもの保管してないんです。あのエレンコのアロイジオ・ジ・オリヴェイラもオリジナル盤・ジャケは保管してないそうなんです。だから、本当のファースト・プレスというのは、正直言って誰もわからないということになります。そして、セカンド・プレス云々というのも、まあ状況的に判断するとこうだ、というだけで本当のところはタイムマシンに乗って見に行かないとわからないと言うことになります。さて、また話しがややこしくなりますが、これも世界一ブラジル盤を触っている人(と私が思っています)の話ですが、エレンコはファースト・プレスは現在、流通、取引されているオリジナル盤以外のもので、関係者にプロモーション用に配ったものが存在してそちらが本来の意味でのファースト・プレスのようなのです。ジャケも違うものがあるそうなんです。もちろんプレス数は少ないということです。でも、普通のあのエレンコ・オリジナル盤を、誰もセカンド・プレス盤とは呼ばないですよね。

 うまくまとめて、いろんなパターンを説明していこうと思っていたのですが、話が複雑過ぎて、オリジナル盤なんか興味ない人には全くわからない話になってしまいました。ここで、海賊盤について考えてみます。あれが是か非かは意見がわかれるところです。例えば、トリオ・モコトですが、もちろん海賊盤が多数、世の中には氾濫しています。で、本人達は怒っているかと言うと、実は喜んでいると言う話なんです。なぜかと言うと、彼らクラスのミュージシャンだと、レコード会社と印税契約なんかはしていないわけなんです。いわゆる“とっ払い”というやつですね。だから、海賊盤が出ようと正規再発盤が出ようと彼らには全く金銭的には関係なく、それよりも、海賊盤で話題になったおかげで、また世界各地で演奏できる機会が出来たし、なにより新録CDの話まで来たわけなんですから、海賊盤様々なんですね。で、こういうブラジル音楽ブームもあの海賊盤に支えられているのは確かだと思います。しかし一番問題なのは、あの海賊盤を海賊盤だと認識していない若者達が、私はちょっと...と思うわけです。“裏にmade in brazilと書いているから”とよく言いますが、あれはオリジナル盤をそのままスキャニングして印刷しているわけだから“made in brazil”とクレジットされているのはあたりまえなんですよね。ブラジル正規再発盤の場合、多くの盤は再発した年号を入れてあるし、CD番号やカセット・テープ番号も併記していることがよくあります。“いや、あれが海賊盤だということは、みんな気付いているって”とかってよく言われますが、そんなことないんですよ。結構怖い話で、ブラジルのアーティストが来日した時に、その海賊盤を嬉々として持参して、そのアーティストにサインを求める若者がいるらしいんです。そのことをアーティストがどう感じるか、ということが想像できていないだけかもしれないのですが...

 さて、非生産的な、なかなかマニアな話しを続けてしまいましたが、オリジナル盤という存在は人の数だけある、というのが現実でしょうか。だから、“これはオリジナル盤ですか?”とかってよく質問があるのですが、正直言って、“あなたにとってオリジナル盤とは何ですか?”と質問を返したくなる時があります。できれば、“このレコードはオデオン盤なのでビニールに包まれているタイプですか?(ちなみにオデオンは72年頃にそのスタイルを変更しています)”とか“このレコードのレーベルは何色ですか?”といった質問がこちらとしても、確実に正確に答えられて助かります。

 追伸、この手の情報、私は出来るだけ公開するようにしています。同業者がお互い役に立って良いかな、という気持ちです。ですので、この手の情報、増えれば増えるほど、より正確なオリジナル盤像が出来ると思います。“ボサレコさん、これ知らないと思うけど実は...”なんて情報ありましたら、あるいは“ボサレコは間違っている”なんてことありましたら、是非、ご一報下さい。

 

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